京都地方裁判所 平成元年(行ウ)21号 判決 1993年12月17日
京都市下京区加茂川筋正面上ル平岡町三八三番地
原告
中野靖男
右訴訟代理人弁護士
小川達雄
京都市下京区間之町五条下ル大津町八番地
被告
下京税務署長 小笠梯董
右指定代理人
野中百合子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告に対し、昭和六三年七月八日付けでした原告の昭和六〇年分の所得税総所得金額を五二七万六、〇九二円、同六一年分の所得税総所得金額を七二九万四、八〇一円と更正した処分のうち、昭和六〇年分につき、二九六万七、〇〇〇円、同六一年分につき、三一一万円を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告が、被告のした昭和六〇年、同六一年分(以下、本件係争各年分という)の各所得税更正処分(以下、本件各処分という)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。
二 前提事実(争いがない事実)
(一) 原告は、大工工事事業を営む、いわゆる白色申告者である。
(二) 原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙1記載の課税の経緯のとおりである。
三 当事者の本件係争各年分の事業所得金額に関する主張
1 原告
別紙1の確定申告欄記載のとおり
(一) 昭和六〇年分 二九六万七、〇〇〇円。
(二) 昭和六一年分 三一一万円。
2 被告
別表5の 欄記載のとおり
(一) 昭和六〇年分 六五六万二、五四二円。
(二) 昭和六一年分 九七四万九、三二七円。
四 争点
1 調査手続の適法性。
2 本件各処分における推計の必要性。
3 本件各処分における推計の合理性。
第三争点の判断
一 調査手続の適法性
1 原告の主張
被告は、次のとおり、違法な税務調査に基づき本件各処分をした。
(一) 事前通知をしない。
(二) 第三者の立会を認めない。
(三) 調査理由を開示しない。
(四) 原告の承諾なく取引先に対する反面調査を行った。
2 被告の主張
所得税法二三四条一項は、「調査について必要があるとき」に質問検査権を行使し得る旨規定しているのみである。その範囲、程度、時期、場所等実施の細目に関しては、実定法上、特段の定めがなく、これらについては、権限のある税務職員の合理的裁量にゆだねられている。すなわち、調査の事前通知、調査理由の個別の具体的な告知、調査の際の第三者の立会いについては、法律上、質問検査権行使の一律の要件とはされていないから、右のとおり、権限のある税務職員の合理的な裁量にゆだねられた事項である。本件において、担当職員が、その裁量権を逸脱、濫用したと認めるべき事情は存しない。
したがって、本件調査手続には何ら違法な点はない。
3 検討
所得税法二三四条一項は、税務署等の調査権限を有する職員において、諸般の具体的事情にかんがみ、客観的必要があると判断される場合に、質問し、検査を行う権限を認めた規定である。
この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択にゆだねられている。又、実施の日時、場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別の具体的な告知は、法律上、質問検査を行う上の一律の要件とされているものではない(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。
いわゆる反面調査について特に納税義務者の承諾を得る必要はなく、質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り、右の要件の下に質問検査権行使の一つとして反面調査を行うことができる。
そして、本件において、原告主張の事前通知、調査理由の開示をしないこと、調査に第三者の立会いを認めなかったこと、原告の承諾なく反面調査を行ったことなどにつき、調査担当職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を越え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によっても認めることはできない。
よって、原告の主張1は失当である。
二 本件各処分における推計の必要性
1 原告の主張
推計の必要性は、推計課税の適法要件である。ところが、被告が行った原告の事業所得の金額(総所得金額と同額である。以下同じ)の推計は、違法な税務調査に基づくもので、調査を十分に尽くしたものとはいえない。
したがって、推計の必要性がなく、本件各処分は違法である。
2 被告の主張
被告は、次のとおり、やむを得ず、原告の取引先等に対する反面調査を行い、推計により算定した金額に基づき本件各処分を行ったものであり、本件には、推計の必要性が存在する。
(一) 被告の担当職員(以下、担当職員という)は、昭和六二年一〇月一五日、原告宅に臨場し、原告に対し、昭和五九年分ないし同六一年分の所得税調査に来た旨を告げ、帳簿書類の提示を求めた。しかし、原告は、個別の具体的な調査理由の開示を要求し、調査に応じなかった。
(二) 担当職員は、その後も、二回(昭和六二年一〇月二六日、一一月五日)原告宅へ臨場した。一度目は、原告が不在であり、二度目は、原告が調査に関係のない四名の者を立ち会わせ、その者の排除に応じなかったため、調査を進めることができなかった。
(三) 担当職員が昭和六二年一一月二四日、下京区中堂寺の路上で原告と出会った際、原告は、後日連絡する旨を約束したにもかかわらず、担当職員に連絡をしなかった。その後も、担当職員は、二回(同年一二月一日、同月一八日)原告宅へ臨場したが、原告は調査に関係のない者を立ち会わせる等していずれも調査に協力しなかった。
(四) 担当職員は、翌年、二回(昭和六三年六月一七日、同月一八日)原告宅を訪れたが、原告が不在であったため、原告の妻に同人からの連絡を依頼した。
二度目に訪れた際も、原告が不在であったため、原告の妻に対して、調査結果の概略を説明し、原告に伝えてほしいこと及び原告から担当職員まで連絡するよう依頼した。しかし、原告は、担当職員に連絡をしなかった。
(五) 原告は、昭和六三年七月六日、原告他二名の者と税務調査に対する抗議ビラを下京税務署玄関前等で配付するなどして、被告の税務調査に協力する姿勢を見せなかった。
3 検討
乙一四、二七、証人井手善男、原告本人(但し、後記信用できない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、被告主張二2(一)ないし(五)の事実が認められる。
したがって、被告が、原告の本件係争各年分の所得税を算出するについて、推計課税を行う必要があったことが認められ、これに反する原告本人尋問の結果は、信用できない。他に右認定を覆すに足りる証拠がない。
三 本件各処分における推計の合理性
1 原告の主張
(一) 本人比率、売上金額
被告は、別表1記載の原告の本件係争各年分の左官、タイル工事に係る外注費の総額を本人比率(別表2のとおり抽出した左官に対する本人のタイル工事の外注費の総額を、右の抽出した左官の売上金額の総額で除した割合をいう。以下同じ)で除して売上金額を推計している。しかし、別表2の算術平均した右推計の合理性は争う。
(二) 同業者の抽出経緯
同業者による被告の推計には、次のとおり、合理性がない。
(1) 被告の抽出した同業者は、原告のように純粋に木造専門の業者か、鉄筋を併用する業者か、また、業態も、手間だけで働きに出るものか、原告のように自ら施工するものか、その中でも直接施主から全部請け負うものか、元請けから請け負うものか、或いはいわゆる手間請けか、他業者に全部投げ出して監督だけをするものか等の区別を何らしていない。又、それは、雇人や外注の有無も一定ではなく、単独経営か、共同経営かの区別も明確ではない。とくに、被告が抽出した同業者の中に、外注費の割合が被告主張の本人比率七・二四パーセントの五倍である三六パーセントを超える者が七業者も含まれていることからみても、原告とこれらの同業者との間に業態の類似性がないことは明らかである。
(2) 被告は、右同業者の抽出に当たり、いわゆる倍半基準を本件係争各年度ごとに適用するのではなく、本件係争の対象である二年分を通算して上限と下限を設定して適用している。又、原告が事業所を有する下京区以外の他の行政区にも抽出範囲を広げて同業者比率を高める操作を行っている。
したがって、被告の抽出した同業者と原告との間には、その業種、業態、事業場所、事業規模において類似性がない。
2 被告の主張
(一) 本人比率
被告は、本件係争各年分を通じて原告が行った工事のうち、売上金額とその売上金額に対応する左官、タイル工事の外注費の金額の双方とも実額で把握できたものを別表2のとおり抽出し、本人比率を算定した。右本人比率は、別表2の本人比率欄記載のとおりである。
(二) 売上金額
被告は、原告の本件係争各年分の左官、タイル工事の外注費の総計の金額(別表1のとおり)を右本人比率で除して売上金額を算定した。原告の本件係争各年分の売上金額は、別表5の<1> 欄記載のとおりである。
(三) 同業者の抽出経緯
(1) 大阪国税局長は、原告の事業所の所在地を所轄する被告及びその隣接地域を所轄する中京、右京、東山、伏見の各税務署長に対し、本件係争各年分を通じて別紙2記載の1から7のすべての条件に該当する者を抽出するよう通達指示した。
(2) 被告が右基準に従って機械的に抽出した同業者の総数は、別表3ないし4記載のとおり二八名であった。
(四) 算出所得金額
原告の本件係争各年分の算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費の金額を控除した金額、以下同じ)は、前記(二)の売上金額に別表3ないし4記載の同業者の当該各年分の所得率(売上金額から売上原価及び一般経費の金額を控除した金額の売上金額に占める割合)の平均値(以下、同業者所得率という)を乗じて算出した。その金額は、別表5の<3>欄記載のとおりである。
(五) 特別経費(建物減価償却費、支払利息)の金額
特別経費は、原告が下京区平岡町及び西京区北浦町に有している建物の建物減価償却費及び伏見信用金庫桂支店に対して支払った借入金の支払利息である。その金額は、それぞれ、別表5の<4>欄記載のとおりである。
(六) 事業所得金額
原告の本件係争各年分の事業所得金額は、前記(四)の算出所得金額から、(五)の特別経費の金額を控除した金額であり、それぞれ、別表5の<5>欄記載のとおりである。
3 検討
(一) 本人比率、売上金額
(1) 本件係争各年分の左官、タイル工事の外注費の総計が別表1記載のとおりである。被告が本人比率を算出するために実額で把握できた右各年分の原告の売上金額及びその売上金額に対応する左官、タイル工事の外注費の金額は別表2記載のとおりである。以上は、当事者間に争いがない。
(2) 一般に、営業活動は、継続的に行われるものであり、業種、業態、事業所における変更や業界に共通した著しい経済事情の変化がない限り、本人比率による推計方法には合理性がある。
本件において、右の変更や変化を認めるに足りる証拠がない。又、本件係争各年分の原告の左官、タイル工事の外注費の金額及びこれに対応する売上金額について、その売上金額に対する外注費の割合を各年毎に算定すると、昭和六〇年分は七・五八パーセント、同六一年分は七・一二パーセントとなり、両年間にさしたる変動がないことが認められる。
したがって、本件係争各年分を通じた割合である七・二四パーセントを本人比率として、原告の売上金額を推計することに合理性が認められる。
(3) そこで、原告の本件係争各年分の左官、タイル工事の外注費総計の金額(別表1のとおり)を右本人比率で除して売上金額を算定する。その結果は、別表5の<1>記載のとおりとなり、被告の主張額と同額となる。
(二) 同業者の抽出経緯
(1) 証拠(乙一ないし一〇、証人文垣基)によれば、被告の主張三2(三)の事実が認められる。
右同業者の選定基準は、業種の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。
その抽出作業について被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。抽出した同業者数も二八名であるから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。
そして、右同業者の本件係争各年分の売上金額、売上原価、一般経費、算出所得金額、所得率は、別表3ないし4記載のとおりである。
したがって、右各同業者の同業者所得率(平均)を基礎に算定された原告の本件係争各年分の所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるものということができる。
(2) 原告は、兼業の有無、請負形態や経営形態の差異等の業態の差異を無視して同業者が抽出されており、右推計が不合理であると主張する。とくに、被告が抽出した同業者の中には、外注費の割合が高いものが数多く含まれており、原告とこれらの同業者との間に業態の類似性がないことは明らかであるというのである。
確かに、原告主張のように被告の抽出した同業者には、売上金額に占める外注費の割合が高いものも含まれている。しかし、推計による所得金額の算出においては、その性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収されるものというべきであり、本件のように、抽出された同業者が二八件と多い場合には、右の個別的事情による数値の偏差が平均値による推計を不合理とするものではない。
よって、原告の右主張は理由がない。
(3) 又、原告は、同業者の抽出に当たり、倍半基準を二年分通算して適用したり、下京区以外の行政区にも抽出範囲を広げて同業者比率を高める操作を行うなどして同業者が抽出されており、右推計が不合理であると主張する。
しかし、同業者の抽出に当たって上限を昭和六一年分の約二倍、下限を同六〇年分の約二分の一とする条件設定をしたのは、事業規模の類似性を担保するためである。又、原告の事業所の所在地を所轄する下京税務署以外の隣接税務署管内に抽出範囲を広げたのは、下京税務署管内のみでは類似同業者に該当する者が少なくなる懸念があったためである。証人文垣基の証言によれば、このように認められる。そうすると、かかる同業者の抽出条件は、原告との立地条件の類似性に配慮しつつ、同業者を数多く抽出するために設定したものと認められるから、この抽出基準を不当ということはできず、原告の右主張は理由がない。
(三) 算出所得金額
前記(一)の本件係争各年分の売上金額に、別表3-2及び同表4-2の同業者所得率(平均)をそれぞれ乗じて得られる原告の各算出所得金額は、別紙5の<3>欄記載のとおり、被告の主張額と同額となる。
(四) 特別経費(建物減価償却費、支払利息)の金額
当事者間に争いがない。
(五) 事業所得金額
以上の認定によれば、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、(三)の算出所得金額から右(四)の特別経費の金額を控除した額であるから、別表5の<5>欄記載のとおり、被告の主張額と同額となる。
第四結論
以上のとおりであるから、被告の推計による本件係争各年分の本件各処分は、いずれも別紙5の<5>欄記載の事業所得金額の範囲内でなされた適法な処分であり、これに違法な点はない。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 河村浩)
別表1
左官、タイル工事の外注費の金額
<省略>
別表2
本人比率
<省略>
別表3-1
同業者率明細表(昭和60年分)
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<省略>
別表3-2
同業者率明細表(昭和60年分)
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別表4-1
同業者率明細表(昭和61年分)
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別表4-2
同業者率明細表(昭和61年分)
<省略>
<省略>
別表5
<省略>